岡本太郎と、誰も認めてくれない自慢話


岡本太郎さんが生誕100年なんだそうで、いろいろあるそうなんです。
岡本太郎って、理屈抜きに愛されている感じのする芸術家ですよね。作品も、素晴らしいと思ってます。
その岡本太郎をめぐって、話したところで、誰も認めてくれない、しょうもない自慢話が自分にはあって、生誕100年を記念して書いちゃおうかなと思うのである。


池袋は西武美術館。もうやっていないみたいだけど、以前は、意欲的な展覧会を沢山やっていて、よく行きました。
そこで、大々的なミロの展覧会が行われました。自分も見に行ったわけですが、その日は、たまたま記念パーティーが開かれていたようで、会場の雰囲気が一般客だけの時とはちょっと違う感じでした。まあ、自分にはパーティーは関係ないわけで、普通に見ていました。ミロはいいですよね。この展覧会で、のっぱらにごろんと転がした石ころのような作品を見て、いや、これはすごいなと感心することしきり。
思わず見入って、いろいろ見る角度を変えたりしていたら、人にぶつかってしまった。
「あ、すみません!」振り返りながらそういうと、怪訝な顔でこっちを見ているのは、安部公房じゃあるまいか?
ホンモノか?間違いない、安部公房にぶつかってしまったのだ。
とはいえ、こっちも、失礼になると思い、顔には出さずに、再びお詫びをしてから、顔の向きを変えると、奥のドアが開いているのに気がついた。パーティーの様子がちらりと見える。そのドアのすぐそこに、岡本太郎がいた。岡本太郎は、小柄なカラダで、いつものあの調子で大きく腕を振り上げながら、何事かを語っていた。
「あ、岡本太郎だ!」そうなんである、の時、自分は、今ぶつかったばかりの安部公房と、いつものポーズで熱弁をふるっている岡本太郎に挟まれていたのだ。それはね、分かっています。自分には、何の関係もないお二方だということはね。でもね、2人の、まごう事なき天才に囲まれた瞬間というのはね、まだまだガキだった自分にはね、とてつもなく嬉しかったんです。

人に話したところで、で、それで?といわれて終わってしまう、ただこれだけのことだけど、嬉しかったのですよ。

そういえば、岡本太郎には、もう一度だけ直接会ったことがある。
新宿をぶらぶらしていたら、たまたま岡本太郎のサイン会があって、もうすぐ始まる時間だった。たいして人も並んでいないのを見て、すぐに迷わず著作を購入。すでに何冊か持っていたので、まだ買っていないやつを探して列に並んだ。
今度は、面と向かって岡本太郎と向き合った。
岡本太郎は、ギロリと僕の顔をにらみつけて、僕が差し出した本のタイトルをチェック。
「なんだ・・・か」と、ぼそぼそつぶやいてサインをしてくれた。
本当は何の本読んで欲しかったんだろう?

何でもない話なんですけどね。
でも、ストーンズのKeith Richardsが、インタビューで、
「世界中を回ると、いろんなファンに会うけど、彼らの人生にストーンズがどれだけ影響を与えていて、愛されているかを知ると本当に心を打たれる」みたいなことを言っていたけど、こんな、全く小さな事も、こちらにとっては、実は結構、心に残っていたりするんだよね。
黒澤明や、岡本太郎が、同じ東京の空の下にいて(本当は千葉県に住んでますけど僕は)今このときに作品を作っていると思うと、なんだか嬉しかったなあの頃は、まあ、今は皆さんいなくなっちゃったけど。
自慢にもならない自慢話を書いてしまった。
しかし、Webと関係ないことばかり書いているな。